貿易戦争:痛みと利益

ベトナムで投資が拡大するなか、経済の限界が露呈される。

2019 年 06 月 , 特集:

米国と中国間で発生している貿易戦争により、一部の企業が米国の関税を回避するために中国から東南アジアへと製造拠点を移したことから、ベトナムやカンボジアなどの国々の経済発展の後押しとなりました。

米中貿易戦争が激化する中、企業はアメリカの関税を回避するために、製造拠点を中国から東南アジアへと移し始めています。この動向は、ベトナムやカンボジアなどの国々にとっては経済的な後押しとなっていますが、サプライヤーは、これらの途上国の劣悪なインフラや、熟練労働力の不足などの課題に直面しています。

ハノイから北へ車で1時間の場所に位置するクエボ工業団地において、アメリカの関税を回避するためのGoerTekの戦略が具体化されています。

AirPodイヤホンを製造するこの中国企業は昨年、アップルのサプライヤーとして初めて、一部の製造拠点を中国から移すことを発表しました。その後、ベトナムでプレゼンスを大幅に拡大し、2億6000万米ドル(3億5600万米ドル)相当の施設を構えています。

道路から見ると、1万8000平方メートルの敷地に6つの工場が立ち並び、その規模は工業団地内の他の全ての施設が小さく見えるほどです。付近には日本のキヤノンや台湾のフォックスコンの施設が存在します。GoerTekは約3ブロック先の既存の工場において、従来の有線イヤホンを製造しています。

中国に近く、労働力が安価で、多数の貿易協定を締結し、経済の自由化に向けて継続的な取り組みを行っているベトナムは、中国と米国間で激化する貿易戦争の恩恵を受ける立場にあります。

つい先月、シアトルに本拠を置くBrooks Sportsは、ランニングシューズとウェアの製造を中国からベトナムに移すことを発表しました。スウェーデンの家具大手イケアも、現地のサプライヤーに対して、中国の家具メーカーへの依存を減らす意向を伝えています。

今年に入り、ベトナムで登録された外国直接投資(FDI)は、特に電子機器、家具、アパレルなどの労働集約型産業において、現在までに70%近く急増しています。7000社で250万人を雇用する繊維産業への投資額は、1年前の159億米ドルから175億米ドルに増加しました。

「貿易戦争は、私たちにとっては非常に好ましいものでした」と、繊維業界を管轄する政府機関であるベトナム繊維・アパレル協会(Vitas)のNguyen Thi Hong Thu氏は述べています。

ドナルド・トランプ米大統領政権は先月、2000億米ドル相当の中国製品に対して25%の追加関税を課しました。中国は600億米ドル相当のアメリカ製品に対して、自国の関税を引き上げ、これに報復しました。トランプ氏は、さらに3000億米ドル相当の中国製品に関税を課すと警告しています。


ただし、昨年のベトナムの国内総生産(GDP)は7%以上増加し、2400億米ドルに達したにもかかわらず、ベトナムの経済規模はタイの半分に過ぎません。

完璧な代替ではない

劣悪なインフラ、ベトナム人の反中感情の根強さ、原材料やサービスに限界がある国内の産業基盤などの点から、ベトナムは北の隣国の完全なる代替とはなり得ていません。

熟練労働力も不足しています。Vitasのデータによると、ベトナムで事業を展開する衣料品メーカーは、中国の既存の水準の約半分にあたる300米ドルを平均月給として支払っています。

「コスト削減策は見つかりますが、品質は見つかりません」と、ベトナムを含むASEAN全域で事業立ち上げを支援する、Dezan Shira and AssociatesのコンサルタントであるMaxfield Brown氏は述べています。

地元の家具メーカーXuan HoaのゼネラルディレクターであるLe Duy Anh氏は、The Straits Times紙に対して、「中国は最終製品の品質を左右するより優れたサプライチェーンを備えています。それに対して、ベトナムは人件費の面で有利ではあるものの、中国は労働者の質において勝っています」と説明しています。

Anh氏の会社はトヨタの関連会社のカーシートを製造しており、オフィス家具の供給に向けて、イケアとも協議を進めています。

メーカーはさらに、原材料の輸入を余儀なくされているため、為替レートの変動リスクにさらされています。

Vitasのデータによると、シャツやスニーカーをはじめとするアパレル製品の輸出額は、今年は10%以上を超える急成長を見せており、過去最高の400億米ドルに達しています。しかし、同国は国内生産能力の3倍にあたる600万トンの紡織用繊維布を輸入する必要があります。

ベトナムの貿易赤字は先月、前年の8億1000万米ドルから13億米ドルに拡大しました。

VitasのThu氏は、輸出額の増加について、「現在十分な原材料を調達するのに苦労し、さらに多くの量の輸入が必要である我が国にとっては、この状況は望ましいものである一方で、課題であるといえます」と通訳を通じて答えました。

150億米ドル規模の南北自動車道やホーチミン市周辺の環状道路3号線を含むインフラの整備が進む一方で、渋滞は悪化し続けています。南部で最も著名な工業地帯が位置するビンズオン省の商品を、南部にあるカトライの深水港へ輸送するためには、流行発信地の2区を含むホーチミン市の市街地の一部を経由し、約100km横断する必要があります。

定時性、インフラの質、通関手続きの容易さなどの項目に基づき160カ国を順位付けする世界銀行の2018年ロジスティクス競争力調査において、ベトナムは45位という評価を受けました。対照的に、シンガポールは7位、中国は27位につけていました。

ベトナム・中国間の緊張

中国からベトナムへの投資は、リスクを伴うビジネスとなる可能性があります。

2014年、中国が紛争中のパラセル諸島周辺の海域に大規模な石油掘削装置を配備したことを受けて、ハノイで抗議行動や中国資本とみなされる企業に対する略奪行為が発生し、台湾や日本資本の企業も被害を受けました。

ベトナムにおける中国からの注目度の高い投資に対しても、否定的な声が上がりました。

当初は2008年に合意され、現在も未完成のハノイのカットリン・ハドン間鉄道プロジェクトでは、深刻な遅れが生じており、予算額の3分の2を超過しています。政府は先週、両国間の融資契約の条件に基づき中国側が指名した中鉄六局集団を、「商業運転に向けてプロジェクトを推進する経験に欠けている」として非難しました。

昨年、政府が99年間の土地租借を提供する3つの経済特区を準備しているというニュースが流れた際には、警察はハノイで数十人の抗議者を拘束しました。批評家はこの措置は中国側に不当に利するものであると訴えました。

上海に本拠を置くサプライチェーンのコンサルティング会社YCP SolidianceのシニアパートナーPilar Dieterは、「現実として緊張状態にある」と述べ、「中国から侵略を受けているという考え方が、議論を呼んでいます」と付け加えました。

中国からベトナムへのFDIは、この10年間で3倍以上の約24億米ドルに達しました。Vitasのデータによると、衣料業界だけでも、前年の中国の投資額は2017年から2倍以上増えており、3億米ドルに達しています。

しかし、中国の投資は通常、地元の産業に利益をもたらすことはほとんどなく、環境保護措置もほとんど取られていない、とThu氏は述べました。

「私たちは中国のFDIに対して完全に賛成しているわけではありません」と、Thu氏は言います。「インフラへの投資はありません。彼らは参入したい、それだけです」

中国からの投資が暖かく受け入れられるかどうかは、中国がベトナム領土への侵略を抑制するかどうかにかかっていますが、可能性は低いと考えられます」とオーストラリア国立大学の戦略研究所の教授Huong Le Thuは指摘します。

「中国は国内で強力な存在であるという期待を獲得してきました」とThu氏は説明しました。

「緊張がどれだけ緩和されるかは、中国がどれだけ野心的で、自信を持っているか次第です」

貿易戦争であろうとなかろうと、様々な自由貿易協定、自由化、すでに緊密な中国と米国の両国との貿易関係により、中国および米国政府との緊張が緩和されるかどうかは関係なく、少なくとも現在のところは、9600万人を抱えるベトナムは成功を収めるとみられています。

ベトナム外交学院で経済学の上級講師を務めるLam Thanh Ha氏は、「ベトナムの対外直接投資(FDI)は、将来的に増加し続けると私は楽観視している」と述べています。

「投資・事業環境の改革を継続し、質の高い投資プロジェクトを選択することは、依然として重要な意味を持ちます」(Ha氏)。

5月までの5カ月間に、アップルのサプライヤー企業であるGoerTekを含む香港と中国からの投資は、全投資額の73億米ドルに対して、実現資本価値で約10億米ドル(13億7000万シンガポールドル)に達したと、ベトナム政府のデータは示しています。

資本の流入により、産業財産などのリソースをめぐる争いが発生しました。

シンガポールのSembcorp Developmentとベトナム公営企業Becamex IDCの合弁事業であるベトナム・シンガポール工業団地は、国内全土で管理する8カ所で822社から142億米ドルの投資を集め、昨年末の129億米ドルから大きく拡大しています。

Sembcorp DevelopmentのKelvin Teo最高経営責任者(CEO)は、「米中間の貿易をめぐる緊張から土地に関する問い合わせを受け続けており、その関心はこの地域の他の工業団地にも広がっています」と答えています。

ベトナムでは、国内経済の30%を占める国有部門を削減する計画についても再び議論されています。


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